2年間のタンザニア生活を振り返る

2年間のタンザニア生活を振り返る

こんにちは。
しばらく更新しておりませんでした…お久しぶりです。
2019年3月にタンザニアから日本へ帰国してから3か月がたちました。
本当にあっというまで、正直実感がありません。笑

いまだに日本食をはじめとした、日本で食べるごはんはおいしいし
何かモノを買おうとすると、選択肢が多すぎてフリーズしていることもしばしば。笑

2年間のまとめをどこかでしたいなあと思いつつも
ずるずる忘れていってしまっていました。

これではいかん!と思い、ブログを書くことにしました。
お付き合いください笑

2年間の振り返りその1 活動

よくきかれるのが、協力隊活動で一体なにをしていたのか?
簡単にいうと、PCインストラクターというお仕事で
パソコンの先生として、パソコンの基礎スキルを教えることを目的に派遣されました。

専門学校のICTクラスで、パソコンを使ったことがない人へ
マウス操作、タイピングからofficeソフトの基礎的な部分までを指導。

の予定でしたが。
協力隊あるある。当初要請と実情が違う
まさにこれでした。
すでにいるICT教師をサポートしてあげてね、という要請が
他校から経験豊富なICT教師が赴任してきてた、というオチ。

一気に必要性がなくなってしまいましたが、そうも言ってられないので
その中で大きくまとめると
行ったことがふたつ。

1.ICT授業サポート

やはりPCインストラクターなので。

すでに経験豊富な講師と一緒にやるのは非常にやりづらかったけど。
きっとなんか改善点があるんじゃないかな、もっとよくできればなとの思いで。

赴任時が学期途中になってしまったので
最初はICT授業を見学させてもらうことにしました。

行われていた授業は
パソコンを使えるようにするための授業なのに、座学ばっかり。
カリキュラム上、仕方ないことだけど
理論部分(座学)を教えるのに時間がとられすぎてしまい、
実習は少ししか行うことができませんでした。

↓このときのもどかしい思いはこちらの記事に綴っています。

そこで、座学部分を最低限効率よく教え、
実習に時間を回せるようにスケジューリングと授業資料の改訂。
ぎりぎりだけど、スケジュール通りにやれれば
なんとか授業期間内に終えられる感じに。
(そもそも授業時間数とカリキュラムが見合ってないのだけど、カリキュラムを変えられるほどの権限はないので…)

ただ、タンザニアにおいては、
スケジュールなんてあってないようなもの。
謎の学校行事で授業がつぶれたり
一緒にやろうねといったもうひとりのICT講師が授業時間にいなかったり。

本当にうまくいきませんでした。

ICT講師とケンカになったこともありました。
やっている意味を本気で疑うことの連続で、正直いちばんきつかったです。

授業に関しては、ICT講師にもこれまでの経験とプライドがあるので
あまり口出ししないほうがよかったのかなあと思ったり。

今後使ってもらえるかわからないけれど、教材作成サポートに回ろうと思い
いろんな教材をつくり、つくったものをすべて渡しました。

ポスター教材を作ってみました

また、生徒全員にICTに興味をもってもらうことは難しいけれど
もっと学びたい、と思ってくれた生徒が独学でも学んでいけるように。
最終的には、授業資料をもとに作成したテキストを作成し教室に配備。

ダウンロードサイトをつくり、PDF版を自由にダウンロードできるようにしておきました。

2.職場環境改善~レポートデータベース作成~

タンザニアあるあるなのですが、本当に整理整頓ができない
オフィスは書類が散乱し、どこに何があるのかわからなかったり。
アナログ書類文化なうえ、保存期間もはっきり決められていないから
捨てていいのか判断がつかず、大量に書類が残っているということがよくあります。
私の職場もそのような感じでした。

全部は無理だけど、どっかひとつはきれいにしたいなあと思っていたところ。

調査レポートを整理してくれないか?という話がきました。
フィールド調査というカリキュラムがあって、
1年に一度、生徒が各地へ調査に出かけていき
調査終了後にレポートを作成し提出します。

そのレポートが、いままで山積みにつまれていたのですが
今後の生徒たちがレポート作成時に参照できるよう、整理したいという要請でした。

ちょうど授業もなくなり余裕があったので、受けることに。

1冊ずつレポートをナンバリングし
タイトルや筆者などをひたすらExcelに入力する地味すぎる作業。
相当な数あったので、入力だけでかなりの時間がかかってしまいました。

入力が終わったら、山積みになっていたレポートを本棚に年度ごとに整理。
ひとめでわかるように、本棚にもレポート番号をつけます。

本棚が足りないので、新しい本棚を買ってもらえるようお願いするものの
任期終了半年以上前にお願いしたはずが、終了時に間に合いませんでした。
かなりしつこくリマインドしたのに。
そういったところもタンザニアあるあるでした。

仕方がないので、収納方法をレクチャー、本棚が来たら入れてもらえるよう引継ぎして終了しました。(ちゃんとやってくれてるといいな)

まとめ

2年の活動全体を振り返って思うのは

• マイノリティとして仕事をする難しさ
タンザニア人たちの仕事の仕方に疑問を持ちつつも、
それが「当たり前」と思っているほうが大多数。
その中で意見を通したり、新しいことを起こすことの大変さを身をもって知りました。

• 「支援慣れ」
JICAボランティアを継続して受け入れている職場だったので、
「支援慣れ」しているのではないかという部分も見えてしまいました。
ボランティアがいることが当たり前であり、
ボランティアが何かやってくれる(=自分たちは動かない)というのが基本スタンス
モノが足りないからできない、と遠回しに支援を要求されることも。
そんなことが続き、正直モチベーションを維持するのがものすごく大変な時期もありました。

• 目に見えるような結果に繋がらない
上記のような状況から、なかなか目に見える結果にはつながらなかったです。
それが自分にとってはなかなかつらくて。
自分の活動への迷いや、自身が持てなくなることの連続でした。

ボランティアとしての2年。
長いように見えるけど、2年で変えられることって案外少ない。
自分個人としては、こういった現状を直接みることができた、というのはよい経験になったと思う。

いろいろあったけど、生活をサポートしてくれた同僚のみなさんには感謝です

2年間の振り返りその2 生活

生活面は本当に隊員間格差が激しい。笑

都市部であまり不自由しない生活ができる人もいれば
田舎で水、電気、インターネットも不安定という生活をする人もいます。

自分の生活は、隊員間では中の下くらいだったかなあと思います。

家は一戸建てで広く、必要な部屋数は確保されていますが
水道は朝の数時間しか出ず(ひどいときは3か月断水した)
電気もしょっちゅう停電
ネットは窓際のみ入る。

生活のいいところとつらいところ、書いてみたこともありました

田舎なので買い物できる店が近隣になく(小さな商店のみあった)
週末に街に買い出し必須。
街に行くバス停までは家から2.5kmなにもない道をひたすら進まなければならない。

だんだん対処法は覚えて、生活はできるようになったので
だいぶたくましくなったかなあとは思っています笑

ある程度は慣れるけど、正直しんどいなーって思うことの方が多い暮らしでした。

見た目は立派なのですが。。

2年間の振り返りその3 来てよかったなあと思ったこと

日本に興味を持ってくれた生徒が日本に行ったこと

正直なところ、生活面もしんどかったし
活動もうまくいかないことの方が圧倒的に多くて
私が来た意味あったのかなあって思うことばかりでした。

そんな中、任期1年半ぐらいが過ぎたころ。
とある卒業生から電話。

「私、日本に行くことになったよ!」

よくよく聞いてみると、
「世界青年の船」という日本政府が行う若者向けプログラムに応募、
面接などの選考を通過し、合格してこのプログラムに参加が決まったとのこと。

プログラム詳細はこちら

簡単にいうと、日本人の若者120人、外国人の若者120人が
同じ船に乗り、3か月程度あちこち旅しながらワークショップ等やる研修プログラム
外国人参加者の国は毎年違っていて、各国10名程度が選ばれているようです。


内閣府ホームページから引用

2019年のプログラムで、たまたまタンザニアの若者から募集があったらしく
応募してみたとのこと。

この生徒は直接の教え子ではないものの
日本(とか海外)に興味があるようで
よくオフィスに遊びに来ていたり、運動したり割とよく一緒にいた子。
ムスリムなので、断食明けのごはんに招待してくれたことも。

私がきっかけで、日本に興味を持ってくれ
さらに実際に行動に移してくれたことが
本当に本当に嬉しくて、この子のきっかけになれたなら、
ここに来た意味はちゃんとあったんだなあ、と。
1年半にして、ようやく思うことができました。

人の行動のきっかけになれたことは嬉しいですね。

他にも、ICTに興味を持ってくれる子も少しずつ出てきて、質問に来てくれたりとか。
行動に移してくれるのが見えると、すごくやりがいを感じました。

 

さいごに

いろんな人から、
2年間どうだった?とざっくりな質問を投げられることが多いのですが
良いこともあればしんどいこともあったよ。と返しています。

正直言うと、配属先のためになるようなことができたのかはわからないと思っています。
何かを具体的に変えられたわけではない
というか、配属先が変化を望んでいたのか?それも曖昧…

自分としては、ボランティアながらも
国際協力のリアルを垣間見れたり
実際に途上国に腰を据えて活動することで
短期ボランティア時には気づけなかったことに気づいたりもして
しんどいこともいい経験になったとは思っています。

また、自分の技術力不足もものすごく実感しました。
もっとちゃんと技術を身に付けて、何か貢献できることがあればと感じています。
自分が行動したりアドバイスをすることで問題解決に関わりたいなあと。

日本にずっといると、忙しかったりで目の前の生活に一生懸命で
なかなか自分のこととかゆっくり考える機会はなかったけれど
日本の環境と全く違う異文化に触れ続けることで
否応なしに自分はどうなんだ?ということを考えさせらることの連続
でした。

そういうきっかけをもらえた2年間。
私としては、参加してよかったなあと振り返って思います。

一つ追加。
タンザニアに同時期に派遣された協力隊同期の存在も大きかったです。

配属先の地域がみんなばらばらで、頻繁に会えるわけではなかったけど。
それぞれの地で頑張ってるのがわかったし
いろんなことで悩んで話し合ったり。

この5人でよかったなあ。
出会えてよかったなあ。

そういう存在がいたことも、2年間頑張れたひとつの要素なんだなと思います★

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