「できる」と「慣れる」は違うなと思った話 ~完全適応は難しい~

「できる」と「慣れる」は違うなと思った話 ~完全適応は難しい~

「できる」と「慣れる」って違うんだな、と
タンザニア生活2年間でものすごく実感しました。

タンザニアに来る前の自分は、正直ここがごっちゃになっていて
極端な話「できる」=「慣れる」だと思ってた部分もあります。

「できる」から「慣れる」わけではない

たとえば、旅行などで途上国へ行ったとします。
日本のようにインフラが整っているわけではないので
日本と比較してしまえば、生活に多少なりとも不便な面が出てくるのが当然。
旅行先の宿でシャワーが出ない、とか、トラブル時の対応が不十分、とか。なんでも。

第1段階「できる」期

これは簡単。「できる」か「できない」か。

私のタンザニアでの日常を例にします。

  • 我が家は水道が不定期でしか通らないため、水が出ているときに大きなバケツにためておきます。
  • 食器洗いも、洗濯も、シャワーも、すべてその水で行います。
  • さらにはためた分しか水はないので、常に残量を気にしながらの生活です。
  • もちろんお湯シャワーなんか使えないので、バケツ1杯分のお湯をわかし、それですべて洗います。
  • 電気はときどき停電するので、ランタンやモバイルバッテリーの常備は必須。

こういった生活を、「できる」か「できない」か。
人によると思います。
上記の日常を話して。「私には無理だ~、すごいね」と言われることも多々あります。
どちらがよいとか悪いとかはありません。

私は「できる」方でした。
これまで途上国でのボランティア経験もあったから、まあそういうもんだよね、くらいでした。

「できる」から、そのうち「慣れる」と思ってました。
がしかし、現実はそう甘くないということを身をもって知る。笑

第2段階「慣れる」期

上記のような不便な状況に何度も直面して、
苦労しながらもなんとか乗り越えてきたころ。

何度も同じ状況に直面するから
「あの時こういうことで困ったから、これからはここを気を付けよう」など
改善策を考え、実践していく状態。
不便な状況に直面しても、「ああまたか」と冷静に対応できる状態。

これが、第2段階慣れる期。

停電とか断水とか、初めて直面したころは
「うわー、停電(断水)だ!途上国あるあるキターーーーーー!んーどうしよ!!?」
って感じだったのが。(ある意味イベント的なところもあったのが…)

それが日常的に起こるから、
「ああまたか。ランタンどこ置いたっけ」「水足りないから今日はシャワー無理やな」とか
冷静な反応になってきますw

何度も同じ状況に直面するから、イベント感は薄れてくるし
トラブルへの対応策もわかってきて、どうすればいいか困ることはなくなります。

第3段階「完全適応」期

第2段階を長いこと続けていくと、
この不便な日常が当たり前になってきます。

当たり前になって、不便を不便と感じなくなった頃。
その生活に不満も出なくなった頃。
それが「完全適応」です。

しかしこの状態に至るのはなかなか険しい道だった…
というか、私にはかなり難しかったのでした。

私の場合

結論からいうと、第2段階「慣れる」期までは到達しました。

停電断水当たり前な環境の中で暮らしていくこともできたし、
何度も何度も起きるから、
だんだん工夫して生活するようになっていった。

洗濯・食器洗い、シャワーも、なるべく少ない水でできるよう工夫した。
停電に備えて、ランタンやヘッドライトは手に届くところに常備。

慣れてきたら、冷静に、というか
淡々とこなしていけるようになりました。

それでも…
日本で生まれ育ち、これまで暮らしてきて。
日本の暮らしがベースラインになってしまってるんですよね。

だから、どうしても
日本の暮らしと比較してしまうところがある。
比較することに意味がないことはわかっていても。

「なんでこんな不便なの?」
「なんでこんなことも満足にできないの?」と思ってしまうことも。

特に、仕事やプライベート、人間関係など
別件でストレスを感じていて、メンタルが弱っているときは
いつもは気にならないようなことが気になってしまったり。
いつもはなんともないことが我慢できなかったり。
嫌だなあと思ってしまったり。

そして、そんな自分の状況をみて、
この生活にいつまでも慣れない、馴染めていないんだと思い、落ち込んでしまうこともありました。

無理なものは無理でいい

2年のタンザニア生活も終わりに近づいている今、
「無理なものは無理でいい」んじゃないかと開き直っています。

生まれ育った環境でこれまでの人生の長い時間をかけて得た感覚は
そう簡単には変わらない。
たった2年なんかじゃ変われないんです。
それはもうしかたないことじゃないかと。

生まれてからずっとそういった暮らしをしているタンザニア人たちにとっては、この状況が普通で。
日本でずっと暮らしてきた私にはそれが普通ではなくて。

ただそれだけ。

だから、無理に適応しなくちゃ!と気負いすぎることもないのかなあと今は思います。

正直私は、2年という期間が定められていたから、暮らせていけたんじゃないかなと思っています。
期間の定めなく、永住と言われたらちょっと厳しかったかな。

もちろん、現地に溶け込んで完全適応している人も中にはいて、それはそれで素晴らしいことだと思います。
たまにテレビ番組とかで出てくる、
途上国(特に田舎)で、現地レベルの暮らしで永住してる人、ほんとに尊敬する。現地に嫁いで暮らしてる奥様とか。。

無理に馴染もうとする必要はないです。
「自分は馴染めなかったな」
それが分かったら、それでいいんです。
その感情は否定せず、状況にはどうにか折り合いをつけて生きていけばいい。

おわりに

2年を振り返ってみて、
自分が考えていた以上に、異文化に適応するって難しいんだなと感じる場面が多くあったなと思います。

そういったことを身をもって経験できたことが
いまとなっては良い経験であったといえます。(渦中にいるときはつらかったけど)

何かしら参考になりましたら幸いです^^

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