海外在住者に響く、イチロー選手引退会見のこの言葉

海外在住者に響く、イチロー選手引退会見のこの言葉

3月、世間を賑わせたイチロー選手引退のニュース。
このときは私はまだ、タンザニアにいました。

インターネットという便利な技術のおかげで、、
引退会見はYouTubeで見られました。

そこでとんでもなく心に刺さったのが最後の質問と、それに対する答え。

タンザニアという、外国にいたその時だからこそ、何倍も響いた気がします。
同期と一緒に見ていたのですが、もう半泣き。
ひとりやったらめっちゃ泣いてただろう、これ。。

──昨年、マリナーズに戻りましたけれども、その前のマリナーズ時代、「孤独を感じながらプレーをしている」と話していました。その孤独感はずっと感じながらプレーしていたんでしょうか。それとも、前の孤独感とは違ったものがあったのでしょうか。

現在はそれはまったくないです。今日の段階でまったくないです。

それとは少し違うかもしれないですけど、アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと、アメリカでは僕は外国人ですから。このことは、外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることができたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。

孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと今は思います。だから、つらいこと、しんどいことから逃げたいというのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気のある時にそれに立ち向かっていく。そのことはすごく人として重要なことではないかと感じています。
イチロー選手 引退会見より引用

イチロー選手と一緒にするのもなんだかおこがましいけれど。笑
2年のタンザニア生活の終わりを前にした時期にこれを聞いて、すごく共感してしまいました。

 

タンザニアに来て。外国人になって。
マイノリティとして暮らしていく中で。

外国人だから差別されたこともあったし、ちょっとした一言で嫌な思いをすることもあった。
たぶん、何気なく言ったひとことなんだろうけど。それはまあ仕方ない。

 

差別はよくない。とか、そんなことは表面的にはわかるし、そんなの当たり前だと思っていた。
ただ、それを実際に経験してみないと、そのつらさって本当にはわからないんだなあと
2年のタンザニア生活を通じて、実感していました。

 

タンザニア生活の中で、
日々マイノリティとして暮らしていくなかでいろんなことがあって
ひとつひとつ乗り越えていくうちに
私の中にも、
「人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れた」し、
これは本当に、自ら体験したからこそ、現れたものだなあと思います。
いくら知識としては知っていても、体験しないといまいちピンとこない感覚かなあと思います

 

自分がつらかったり、痛みを感じたりしたからこそ、
同じ境遇にある人にそういった思いをしてほしくないなあと強く思ったからこそ。
そういう自分が現れたのかなあ。

 

「孤独を感じて苦しんだこと」
(一緒にするのはおこがましいですが←2回目)正直そんなことばっかりでした。
日本人ひとりぼっちの環境で、
不慣れな外国語使って説明しても
文化が違うし、なかなか理解してもらえなくて。

 

なんか本当に、ひとりぼっちだな。と思って
悲しくなるときも頑張れなくなるときもあったなあ。とか。
もう嫌だーと逃げ出したくなるときもあったり。

隊員仲間とか、他の友達とか。
しんどいときは人に会って美味しいもの食べて
気晴らししてエネルギー付けて戻ってまたちょっと頑張る。
その繰り返しの2年間。

 

つらいこと、しんどいことから逃げたいというのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気のある時にそれに立ち向かっていく。そのことはすごく人として重要なことではないかと感じています。

この言葉になんだかとっても救われたような気がしました。
ああ、この経験は無駄じゃなかったんだなって。

 

 

自分がぼんやり思っていたこと・感じていたことを、
はっきり言葉にしてくれて。
代弁してくれたような気持ちになって(←随分勝手ですが笑)
なんだかものすごく、すっきりしたし、安心した。

たった二年の協力隊生活と、19年の大リーグでの選手生活。
比べ物にならないくらいの苦労をされたんだろうなと想像がつきます。

そんな方が、この感覚を、引退会見というみんなが見る場で話してくれたのも嬉しかった。

タンザニアで見たからこそ、余計に、心に響きまくった引退会見なのでした。
これ書きながら、また引退会見見て、いろいろ思い出して泣きました。笑

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